スロージョギングと写真のブログ-2

季節の花や風景写真、介護の日々などを綴っていきます

久々の速歩、バースデイラン、第32回千葉読売写真展

妻の状態が安定してきたので、デイの通所にあわせ

 

最寄りの公園を交互に、速歩きしたりテクテク走りをした

 

 

昨日から、気持ちに少しのゆとりができたのか

 

休息とリセットの時間が得られそうだ

 

 

ストレッチをしたあと、一周1kmの公園を4周回

 

 

公園までの往復、約1km

 

合計5kmのテクテク走りをした

 

 

80歳の誕生日を機に、気分転換をはかろうと、

昨日からスロージョギングを復活、

無理なく続けさせようと決心

 

 

無心になれて、体力や生活の質が維持できる

 

脚力と心肺機能が改善できる

 

 

今日のタイムは、

 

8:01~10:48~10:40~10:27~10:07~8:20

 

久々に運動らしい運動だった

 

見守り介助、家事万般では運動代わりにはなりませんから

 

 

70歳のころから、行けるところまでと、

 

制限時間のゆるいマラソン大会に参加した

 

 

途中で予期しない介護が発生、中断した

 

運動から遠ざかっていた

 

 

できる範囲で、介護の合間をぬいながら

 

上手にボチボチ、ジョグ&ウォークです

 

 

写真は

 

来月の写真展案内

 

12/6、12/13の読売新聞、千葉版から引用した写真展案内

 

それと展示の写真です

 

※ 【参考】

クスリの誤飲、指定難病申請、パソコントラブル

昨夜遅く、地震が起きたよ、と起こされた

朝になってTVを見ると、建物被害など次々と報じられていた

冬場ゆえなのか、各地で相次ぐ山林火災も

地震、雷、火事、戦争?

雷が目立たないだけで、他の事象は強度と頻度がやけに強く多い

昨日は、我が家の騒動が落ち着いて

久々に買い物リハビリ外出をした

妻を車いすに乗せて、最寄りのスーパーに食材の買い出し

帰りは途中の公園で芝生上の歩行リハビリ、鉄棒で軽くスクワット、肩甲骨の体操

写真は、スーパーで買ったおやつを食べながらの休憩

介護に埋め尽くされながらの日々も、工夫でなんとか平穏を保ちたいもの

先月の下旬にクスリの誤飲があった

2年ほど前から時々飲み忘れが発生していたが、

7月に訪問診療に切り替り、寝る前の薬が追加された

一日4回の服薬である

 

お薬カレンダーを利用しているが、服薬の見守り介助が常態となった

 

当日は、夜寝る前のクスリと同時に、翌朝、翌昼分、3回分を一緒に飲んだ!!

夕食後シャワーを浴びるまで一緒にいたが、

 

あとは、彼女が、寝る準備や休憩をするだろうと思い、

私は、隣の部屋に移って、小一時間ほど自分の作業をしていた

 

お勝手に戻ると、食卓の上に、クスリの空袋が三つ置いてあった

ビックリ!!

 

介助者は、寝る前のクスリ1錠を彼女の前に置き、

翌日の4回分(朝、昼、夕、寝前)は、ケースに入れて輪ゴムで止めておいた

 

食卓上ではあったが、当日寝前分とは離れたところに置いておいた

ナゼ飲んでしまったのか確認しても始まらない!!

 

ぼ~っととしていて注意力、判断力がどこかに飛んでいたのだろう

7月に通院困難から訪問診療に切り替え、

4か月ほどさしたる症状変化もなく、ほぼ安定状態を維持していた

 

当日夜の7時30分前後、予期しないアクシデントだった

即、訪問診療のクリニックの主治医に電話をした

 

「会話や身体の動作に変わりがないか? 動けないとか、起き上がれないなど異変があったら緊急対応ですが、無かったら一晩寝て様子を見て下さい」

当座は異変が感じられるほどでもなかったが、

「翌日は、通常どうり処方に従ったクスリを飲んでいいのですか?」、と確認

 

「朝、昼、夕、寝前、普通に飲んで様子を見て下さい」

翌朝になった

ベッドから起き上がれない

吐いたあとがある

会話もままならない

訪問看護ステーションに電話をした

その日は祭日で当直者が出た

担当看護師に連絡した

折り返し電話があった

 

「大丈夫ですか?」

「抱えあげて手を引き、食卓につかせ、朝食はナントか自分で食べました

ただ、歩行動作は見守り介助が必要な状態ですね~」

 

「朝食はとらなくてもよいですが、水分は十分とって、様子をみて下さい」

 

翌日のデイサービスは、休みの連絡をした

 

翌日の夕食時、イスからの姿勢移動時、バランスを崩し、後ろに転倒した

 

3日目の朝、左手甲の変色に気づいた

少し腫れているのだろうか?

右後頭部に赤味が見られた

食器棚の角にひっくり返ったけれど、めぼしい家具の角にクッションカバーをつけてあった

4,5日経って、週2回行っている後半のデイには通所した

 

担当の訪看さんから連絡があったようで、

「左手の甲が変色はれてるようです。後頭部右下に赤味があって、入浴はシャワー浴にしました。様子を見て下さい」と、帰りの送迎スタッフから話があった

 

なんだかんだで、一週間余りかかって落ち着いた

前回ブログからは、

指定難病申請の結果が届いて、そのあとの手続き対応や

パソコンの不具合、システムエラーによる自動修復トラブルが発生し、

店頭サポートに持ち込んだり、あれやこれやでバタバタと過ごしていた

 

やっと、ゆとりができての車いす外出

スーパーへの食材買い出し&リハビリであった

 

誤飲事故発生前後に残っていた紅葉・黄葉は、あっという間に過ぎ去った

紅葉、養生訓、他

ここ数日、こま切れ時間を見つけて

近隣ばかりでしたが、

ママチャリで紅葉、黄葉めぐり

また、先日、図書館に本を返しに行って

書架をぶらっとながめていたら

「熟年介護日誌(病人が病人を看るということ)」という本が

ぐうぜんに目に入った

借りてきた

だいぶ昔ですね~、2007/6/25、NHK出版の発行

たちまち読んでしまった

内容は、

 肺がんと闘い、認知症の母、
直腸がんの妻を介護する日々の記録

肺がんと診断されたとき筆者は、妻と母との三人暮らし。三人三様の病いを抱える熟年介護の真っ只中で、高齢社会の残酷さが露になっていく。本書は、病者が病者を介護する日々の詳細な報告であると同時に、介護戦士に贈る、「負けないための応援歌」でもある。

ページをめくると、当方と類似の状況があちこちに記されていた

筆者の 介護戦士に贈る、負けないための応援歌 なる言葉が胸にしみた

状況に押しつぶされないで、乗り切っていった経過が記録されていた

 

どんな状況でも受け容れ、穏やかに、自分なりの愉しみをもって過ごしていくには、どういう心づもりで対応していくか、現実との折合いをつけていくか?

時に養生訓にならって、かじ取りしていたようなので、

いまさらながら、養生訓を調べてみた

結局、こころ一つ、こころの置きどころで状況は変わる

よいほう、よいほうに考え、行動する

 

むかし会社の上司に聴いたいた言葉、

「こころを変えよ こころが変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば運命が変わる」

が思い出された

 

以下、 養生訓 | 健康長寿ネット より一部抜粋引用

『 養生の道、食生活、性生活、住まい、睡眠、排泄、薬の服用、高齢者の生活について、貝原益軒の教えをいくつか抜粋してみていきましょう。

養生の道

  • 怒りや心配事を減らして心を穏やかに保つ
  • 元気であることが生きる活力になるのでいつも元気でいる
  • 食事は食べ過ぎず、毎日、自分に合った適度な運動をするのがよい
  • 生活の中で自分の決まり事をつくり、よくないことは避ける
  • 病気になってから治療するのではなく、病気にならない努力をする
  • 何事もほどほどにし、調和のとれた生活を送る
  • お金がある、ないに関係なく、自分なりの楽しみを持って生活する
  • 養生のための生活を習慣化することが大切
  • 呼吸はゆっくり行い、たまに大きく息を吸い込む
  • 夜更かしはしない、だらだらと寝すぎない
  • 身のまわりを清潔に保つ

食生活

  • 食事は温かいうちに食べる
  • 胃腸が悪い時は水を多めにして炊くなど、体調に合わせてご飯を炊く
  • 食事は薄味にし、濃い味のものや脂っこいものは食べ過ぎない
  • 冷たいもの、生もの、堅いものは避ける
  • いろいろな味のものをバランスよく食べる
  • 食べ物への感謝の気持ちを忘れずに食事する
  • 夕食は朝食よりも少なめにする
  • 食欲を抑える、食欲に勝てる精神力を持つことが大切
  • 前にとった食事が消化してから次の食事をとる
  • 大きな魚や鳥や魚の皮など消化しにくいものは避ける
  • 食後はじっと座るのではなく、自分に合った軽い運動を行う
  • 酒は少しにして呑みすぎない
  • 塩分の少ない食事をとる
  • 煙草は毒であり、習慣化すればやめにくくなる

性生活

  • 食欲と性欲は人間の欲の中でも強い欲だが、若いときから自制しなければならない

住まい

  • 適度な明るさの部屋で過ごし、薄暗い陰気な部屋に長時間いないようにする

睡眠

  • 夜寝るときは横向きで寝るのがよい。仰向けになると気分が悪くなってうなされる。胸の上に手を置くと悪夢をみる

排泄

  • 大便、小便は我慢せずに早く済ませる

薬の服用

  • 長生きの薬はない。生まれ持った寿命を全うする
  • 毒にあたって薬を飲むときは冷水がよい。熱湯は毒の力を活発にする

高齢者の過ごし方

  • 心を鎮めて日々を楽しみ、怒ることと欲を制する
  • 無理をしないようにする
  • ⇒ 養生訓に書かれていることは、バランスのとれた食事と適度の運動、良質な睡眠、そしてストレスは避けて心を穏やかに保ち、楽しみをもって元気に過ごすという、現代の生活習慣病の予防や治療で大切とされることが全て網羅されていると感じます…

⇒ ・養生訓(貝原益軒) 珠玉の名言・格言21選 | 心を輝かせる名言集

  ・養生訓から学ぶ、時を輝いて生きる 

 

紅葉、訪問診療、千葉市家族介護者研修、そして世相

〇 週一回の訪問リハビリ、おぼつかない家事のみでは

運動量が足りない

PDの療養生活者にとっては、クスリと運動が車の両輪

妻を車いすにのせ、迂回しながら浅間神社に向かった

社殿に向かうスロープを、車いすを降りて両杖でゆっくり上る

七五三の家族でにぎわっていた

晩秋、青空のもと、途中で周辺の紅葉をデジカメパチリしながら

妻のリハビリ、紅葉撮影、私の運動もかねてと、一石三鳥

久々だった

昨日のフル回転から、何の用事もない今日の外出散歩は、気分転換になった

 

〇 昨日は、家族介護者研修に参加

千葉県医師会館内・千葉市家族介護者支援センターで10:00~12:30の開催

千葉市から委託を受けた千葉県ホームヘルパー協会が主催している

今回のテーマは、~ベッド上の介護・福祉用具を使った介護

負担の少ない介護の方法アドバイスであった

参加者は、4,50歳~70歳代の男女が半々

計11、2人だった

両親のいずれか、あるいは配偶者が被介護者のようだ

働き盛りの壮年男女が数人、そして50代がらみのご夫婦もいた

まずは、声かけ

そして、介護の基本、

・負担のかからない椅子への座り方、立ち上がり方

・ベッドからの立ち上がり方、寝かせ方

など

 

また、

①ベッドで寝ている被介護者を、ちょうどよい位置に移動するコツ

②ベッドから車いすへの移乗のコツ

③排せつ介助、テープ式オムツの着脱のコツ

など、

福祉用具のスライディングシート、スライディングボードなど使って

参加者全員が、みっちり指導を受けた

帰宅してからは、訪問診療の医師対応

処方箋をもらって、最寄りの薬局へ薬をもらいに行った

年中無休で夜9時までやっている薬局ですが、

午後3時ごろに受付け、クスリがもらえたのは、

混んでいるとのことで夜20時過ぎだった

2週間分のクスリ、朝、昼、夕、寝る前、1日4回分の処方薬を

お薬カレンダーに移し終えて夜9時になった

〇 そして世相

 老齢になって、介護に占める時間が多くなり、政治のことに関心を寄せる、そんなゆとりがなくなっていますが、それでも最近とみに感じることがある

 特に、私たちの生活に直接関係のある物価値上がりなど経済面の変化、そして平和に関係すること

 新しい戦前にならないように、と思う

 江戸時代の270年間はただの一度も対外戦争をしていない

ところが、鎖国を開いて明治維新以降、日清戦争以来ほぼ10年おきに戦争をし、そして私が生まれた昭和20年に敗戦以後80年間戦争がなかった

 AIや世界情勢の変化もありますが、総理が変わって、自民維新で憲法9条改憲、戦力不保持や国防軍とか…、国家存亡にかかわる…の発言をかくも安易にしてよいものかとか…、等々

気になることが起きている

 かつてブログに載せた池波正太郎の「還暦に思う人生(昭和58年)」を思い出した

⇒  朝刊エッセイ~おじさん図鑑を読んで

これは、太平洋戦争に若い自分が直面し、その前途が五分五分に生死に賭けられていたからだろう。

だが、戦場で戦うこともなく、海軍の航空基地から復員したときは、生還の僥倖を喜ぶよりも、日本の敗戦により、一夜のうちに変わった時代と、戦死した少年航空兵の顔が重なり合い、一年ほど虚脱してしまっていた。
‥ ‥
おのれの健康をほこる気持ちは、いささかもない。生と死は、いつも、隣り合わせになっているのだから……。

60年生きて来て、いまさら感じることは、我欲のない人ほど幸福になっていることだ。

むろんのことに、これは金銭とは別のもので、いかに我欲を貼って財産を得たところで人間は満たされない。その実例を、数え切れぬほどに、私は、この目で見てきた。

恐ろしいのは、我欲と傲慢の結果が、すぐにあらわれずに、一国家、一団体、一個人それぞれに、我欲の芽がふくらみ、長く潜伏していて、これが表にあらわれ、はっと気づいたときには、手遅れになっていることだ。

私の我欲が薄いといっても、ないわけではない。

その残存する我欲を一つ一つ取り除くことを、こころがけて行きたい。
‥  ‥
私は、政治や経済のうごきについては、ジャーナリズムを信用しない。できない。

これは、終戦のときの、一夜にして白が黒となり、黒が白となった衝撃が尾を引いているからだ

私が信用するのは、自分の目でとらえた「一個人が表現しているもの」のみである。

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はじめまして

美浜です

gooブログが閉じたので、はてなブログに引っ越しました

ブログ名は同じですが、第2章です

ブログをはじめて20年が過ぎ、年末が来ると…、いつの間にか80歳になる

8年近く前から妻の介護が始まり、

当初の趣味(走りと泳ぎと週末菜園、写真)ブログから、介護ブログに変わってきた

複数疾患を抱えて通院付き添いが難しくなり、今夏より在宅医療に切り替えた

PDと確定診断されてからは5年ほど経つ

現在は、月2回の訪問診療、週2回のデイサービス、週1回の訪問リハビリ、訪問診療がない同曜日は訪問看護です

妻の発症で他の趣味交遊から撤退した

が、写真だけはナンとか続けている

老いには寄り添い、病には連れ添う

介護ストレスの軽減を工夫しながら、難しいところですが、こころ豊かに、おおらかに、朗らかに過ごしていきたいと思う

花や風景など、季節の移ろいをデジカメパチリ、妻の症状変化に対応しながら、笑顔で介護(を念じ)、

日々雑感を綴っていきます

「日々是好日」、良い日も悪い日もすべて受け入れ、今というかけがえのない瞬間を大切に過ごして行きましょう!

 

 写真を始めたのは、伊奈川100kmを走って肉離れが起きた時からですが、早や10年が過ぎた。⇒ 2014年 第5回 伊南川100㌔ウルトラ遠足 出走記 

 その後、3年ほどしてフォトコンに応募したり、地域のサークル仲間の展示会など出展した。

 途中から、妻のPDという難病発症で見守り介助などが続き、写真を撮るゆとりがなくなってきたが、無理のない範囲でボチボチ継続している。

 今回は、展示した写真が22枚近くなったので、今までの写真をニコンイメージスペースの無料ソフトを使ってまとめてみた。⇒ 美浜の写真アルバム(2016~2024)

最寄りの神社・公園のヒガンバナ、自分らしい生き方と亡くなり方

今日でgooブログのバックアップが完了した
 
 
最後にカテゴリー「花とデジカメ写真」をコピー保存していたら、2016/11/03の記事に「千葉県医師会による 県民公開講座」の聴講記事に出逢った
 
 
10年ほど前の講座聴講ですが、その頃は妻も私も元気であった
 
病いも死も身近に考えていなかった
 
 
講座内容を聴いても、自分のこととしてとらえられていなかったんでしょうね~
 
 
テーマは、「医療の進歩と人の尊厳」~自分らしい生き方と亡くなり方~であった
 
 
いまは当面している事柄なので、我がことととして身近かというか、真っ最中ですね
 
 
後期高齢者の年齢になり、ある日突然妻の発症に気づき介護が発生した
 
 
自立困難な妻の通院付添いが続き、やがて通院も難しくなり、今年に入って在宅医療に切りかえた
 
 
老い、病い、死が、まさに身近にある
 
よりよく老い、よりよく病み、よりよく死ぬ(平穏死)、自然に逝きたいですね、と
 
 
そんなことで、むかし買って、ほとんど読んでいなかった『「死をどう生きたか~私の心に残る人々~」 日野原重明、1983/3/25、中央公論を再読していた
 
その最中の上記ブログ記事への再会だった
 
 
… … 自分は老いのステージを、どのように生き、どのように終末期を過ごし、死を迎えたいか? 子どもたちと、よく意思疎通し、事前指示書を書いておく … …
 
 
講座内容の一部、お二人の講師の内容を、案内冊子から引用抜粋して、参考までに追記しました
 
講師は、すでに今の社会を予測して、警鐘をならしていたのです
 
 
自身の備忘録として列記しましたが、図書館から借りたりして読んだ、関連の本?を下記に記しました
 
 
死をどう生きたか ~私の心に残る人々~ 日野原重、1983/3/25、中央公論
老いと死の受容 日野原重明、1987/3/20、春秋社
③ 生きていくあなたへ ~105歳どうしても遺したかった言葉~  日野原重明、2017/9/30、幻冬舎
 
死を生きた人びと ~訪問診療医と355人の患者~ 小堀鷗一郎、2018/5/01、みすず書房
死を生きる ~訪問診療医がみた709人の生老病死 小堀鷗一郎、2024/4/30、朝日新聞出版
 
 
①~②は、知名度のある人の事例、④~⑤は一般普通の人びとの事例で、双方いずれも参考になった
 
 
他、折にふれ目にした参考本を、順不同ですが下に記します
 
パーキンソン病患者さんのためのガイドライン~病気を理解しうまく付き合っていくために~ 、北川尚之、2021/12/1、天沼きたがわ内科
 
病院で死ぬということ、山崎章郎、1996/5/10、文藝春秋
⑧ 平穏死のすすめ、口からたべられなくなったらどうしますか、石飛幸三、2013/2/15、講談社
⑨「平穏死」10の条件、長尾和弘、2012/7/30、ブックマン社
⑩ 病院で死ぬのはもったいない、山崎章郎、二ノ坂保喜、2012/8/31,春秋社
 
⑪ 家に帰ろう、萬田緑平、2013/10/31、徳間書店
⑫ 家で死のう ~眠るように穏やかに死ぬための本~ なぜ病院で死ぬことは苦しいのか?~、 萬田緑平、2022/7/1、三五館シンシャ
⑬ 家で死ぬということ ~ひとり暮らしの親を看取るまで~、 石川結貴、2023/8/30、文藝春秋
⑭ 在宅で死ぬということ、 押川真喜子、2003/4/25,文藝春秋
⑮ ´上野千鶴子が聞く小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?、上野千鶴子、小笠原文雄、2013/2、朝日新聞出版
⑯ 最後まで家で笑って生きたいあなたへ、 小笠原文雄、2023/3/21、小学館
⑰ なんとめでたいご臨終 、小笠原文雄、2017/6/26、小学館
⑱ 大往生のコツ、ほどよくわがままに生きる~人生の最後半で笑顔で過ごすコツ~ 、 小笠原文雄、2024/3/12、、アスコム
⑲ いのちの仕舞い 四万十のゲリラ医者走る、小笠原望、2011/1/31、春陽堂
 
介護施設で死ぬということ ~生活支援のターミナルケア~ 、高口光子、2016/11/10,講談社
㉑ 介護現場はなぜ辛いのか~特養老人ホームの終わらない日常~ 、本岡類、2009/5/15,新潮社
㉒ 患者の前で医者が考えていること、松永正訓、2024/6/26、三笠書房
 
㉓ 大往生したけりゃ 医療とかかわるな 自然死のすすめ 中村仁一、2012/1/30、幻冬舎新書
㉔ 大往生したけりゃ 医療とかかわるな(介護編)2025年問題の解決をめざして、長生きはつらい、ならば、どうする? 中村仁一、2017/3/30、幻冬舎
㉕ 穏やかな死に医療はいらない、萬田緑平、2013/2/28、朝日新書
 
㉖ 透析を止めた日、 堀川恵子、2024/11/20、講談社
㉗ 老いと健康、 吉川正巳、1990/9/20、岩波書店
㉘ 人はどう老いるのか ~医者はホントは知っている 楽な老い方 苦しむ老い方、 久坂部羊、2023/10/20、講談社現代新書
㉙ 老後ひとり難民、沢村香苗、2024/7/30、幻冬舎
 
㉚ 人間の煩悩、 佐藤愛子、2016/9/26、幻冬舎新書
㉛ 幸福とは何ぞや、 佐藤愛子、2016/9/26、幻冬舎新書
㉜ 百歳の力 一人でも人生を楽しむ秘訣、 篠田桃紅、2022/9/10、中央公論新書
㉝ 103歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い、篠田桃紅、2015/4/10、幻冬舎
㉞ これでおしまい 歳をとってはじめて得られる喜びがある、篠田桃紅、2022/9/10、講談社
㉟ どっこい生きてる90歳、樋口恵子、2022/4/25、婦人之友社
㉟ 吾れ老ゆ 故に吾れ在り 老いと性と人生と、 波多野完治、1903/3/30、光文社
㊲ 人生はごちそう、田村セツ子、2022/4/15、あさ出版
㊳ くじけないで、柴田とよ、2010/3/25、飛鳥出版
 
㊴ ほどよく忘れて生きていく、 藤井茂子、2023/1/25、サンマーク出版
㊵ うまいことやる習慣、 心に折り合いをつけて 中村恒子、 2018/6/26、すばる社
㊶ うまいこと老いる生き方、不安と折り合いをつけて、中村恒子、奥田弘美 2021/8/24、すばる社
 
 
追記県民公開講座冊子より引用抜粋
 
「『超超』」高齢社会時代の医療 最後まで自分らしく生きる」高林克日己
 
昨今2025年問題が話題になっていますが…、健康医療の推進の結果、長寿世界一を果たしたことが、皮肉にも国難ともいえる超超高齢社会の状況を作り出すとは誰が予測したでしょう?
…終末期の癌患者たちは病院で死ぬのと在宅で死ぬのとどちらが幸せなのでしょうか?私たちは長寿であることを幸せと考えてきましたが、長寿と呼ばれてきた高齢者たちが皆幸せな最期を迎えるわけではありません。それどころか10年前後、被介護者としての時間を経て亡くなる方が大勢なのです。
健康寿命をいかに伸ばすかこそ医療者が努力すべきことであり、終末期を迎えた高齢者を汲々として治療することに疑問を呈するのは当然のことだと思います。
最後まで自分らしく生きるために高齢者自身が事前指示書を書き、そしてそれが適切に生かされて無理・不要の救急措置を受けることのないように法令化を進める必要があります。
…超超高齢者社会時代、もちろん医療者だけで決めることではないこれらの終末期医療に対する意識の変革は、しかしながら我々医療者から声をあげ広めていかなければいけない、我々に課せられた重大な責務であると考えます。
 
 
「『平穏死』を受け入れる」石飛幸三
 
われわれは人生最後の迎え方について、今までになく考えなければならない時に来ています。日本は世界一の長寿社会になりました。延命治療法は次々と開発されます。自分の最後の迎え方を選べるはずなのに、どこまで延命処置を受けなければならないのか判らなくなっています。
…われわれは自然の摂理を直視しないで、医療に過剰な期待をしていないでしょうか。
…老衰という自然の摂理を認識し、医療は本来人のための科学であることに戻り、最終章における医療の役割、介護の使命を認識する時です。私が作った「平穏死」という言葉の意味は、単なる延命治療が意味をなさないのであれば、それをしなくても責任を問われるべきでないという主張なのです。
生きて死ぬ、自然の摂理、死の高齢化の大波はもうわれわれの足下をすくい始めています。
「自然」とはそもそも「自(おのずか)ら然り(しかり)、しっかり生きて、そして最後に自然に従ってこれでよかったと思いたいものです。
 
最後の写真は、はずれのエリアに咲いていたツルボです!
 
gooブログは、今日でお別れです
長い間、多くの方にお越しいただき、ありがとうございました
 
また、どこかでお会いしましょう!

ブログの終了、ヒガンバナ、国立新美術館、小石川植物園、最寄りの神社

〇 アップのヒガンバナは、今朝の雨あがり、最寄り神社のヒガンバナ

最寄り神社

それと、昨日は東京六本木の国立新美術館新制作展を観に行った帰りに、
丸の内線に乗換え、茗荷谷駅から小石川植物園に寄って、園内で撮ったヒガンバナです


周辺のヒガンバナは、日曜日あたりから来週が見ごろの感じですね



〇 サービス終了に伴い、goo blogへの投稿は今月でお終い!


2025年4月60歳〜2025年80歳まで、約20年間の生活記録だった



後期高齢者にさしかかった後半は、連合いに難病のPDが発症した



気ままに過ごしていた環境が激変し、医療と介護が中心となった



6、7月ごろから、ブログに残した過去の記事をフォルダーに保存してきたが、今月9月末には完了するめどがたった



カテゴリーと記事数は以下のとおり
※ 2005~2007年は、以前に保存削除済なので下記記事数に反映されていない

1、花とデジカメ写真(545)
2、ジョギング(481)
3、LSD(56)
4、ウォーキング(90)
5、水泳(112)
6、大会参加の記録(229)
7、自然に親しむ(82)
8、男の料理(55)
9、週末菜園(155)
10、地域活動(環境)(142)
11、千葉市美浜区 街の風景 (147)
12、ある日のスポット(345)
13、交遊の断片(28)
14、健康のしおり(97)
15、闘病記・介護など(182)
16、色えんぴつ画(5)
17、リタイアメントライフ(48)
18、その他の事、未分類(95)



〇 さて、介護者被介護者ともども80歳を迎え、複数の通院付添いがシンドクなり、7月から在宅医療に切りかえた

自分らしい生活をしながら治療を受ける、訪問診療、訪問看護・リハビリなど開始して、早や3か月

治癒、回復は困難なので、服薬の調整&リハビリをしながら、症状の軽減や苦痛の緩和をはかり、平穏な生活を維持していく、現状はそういったところなのだろう

最寄り神社

PDの難病申請を行ったり、先月末に介護者の夫に簡単な手術入院が発生したりで、あわただしく過ぎた

2人とも動きがとれない、役所への手続き、郵便物の授受、買い物、食事、洗濯、ごみ捨てなど家事万般が滞る

10日余りのショートスティーと、子供の支援で何とか乗り越えた



〇 高齢といえども、元気な方がいる




見習いたいけれど、老々介護で80歳では、かなり難しい

今朝のNHKテレビでも、徳田徳子さんという89歳の女性が自身の体重ほどのベンチプレスを挙げている姿が紹介された



食事や運動、睡眠を適切に行い、様々な支援を利用しながら介護ストレスを減らし、くよくよしない、悲しいことは考えない、いいことも悪いことも忘れ、今に徹する、かな


<参考>「遊び」:2008年5月1日の記事から
 
① 遊びは、ゆったりとした、あるいはゆとりのある行動であって、日ごろの仕事から離れて自由に行われ、利害をともなわないことを特徴とする (近藤四郎)

② 遊びとは、専念しつつ解放されること(金子大栄)

③ 遊びとは、絶対の自由、豊かな創造である(白川 静)

④ 遊びの本性は自発性や偶然性にあり、本来ゆとりの中から起こってくるもの(近藤四郎)

⑤ 遊びとはリライフである。リフレッシュの先にある、仕事と完全に分離した生まれ変わりである。その瞬間、瞬間に幸福感を確認できるような、心のあり方を確保することだ(浅田次郎