10年ほど前の講座聴講ですが、その頃は妻も私も元気であった
病いも死も身近に考えていなかった
講座内容を聴いても、自分のこととしてとらえられていなかったんでしょうね~
テーマは、「医療の進歩と人の尊厳」~自分らしい生き方と亡くなり方~であった
いまは当面している事柄なので、我がことととして身近かというか、真っ最中ですね
後期高齢者の年齢になり、ある日突然妻の発症に気づき介護が発生した
自立困難な妻の通院付添いが続き、やがて通院も難しくなり、今年に入って在宅医療に切りかえた
老い、病い、死が、まさに身近にある
よりよく老い、よりよく病み、よりよく死ぬ(平穏死)、自然に逝きたいですね、と
そんなことで、むかし買って、ほとんど読んでいなかった『「
死をどう生きたか~私の心に残る人々~」 日野原重明、1983/3/25、中央公論』を再読していた
その最中の上記ブログ記事への再会だった
… … 自分は老いのステージを、どのように生き、どのように終末期を過ごし、死を迎えたいか? 子どもたちと、よく意思疎通し、事前指示書を書いておく … …
講座内容の一部、お二人の講師の内容を、案内冊子から引用抜粋して、参考までに追記しました↓
講師は、すでに今の社会を予測して、警鐘をならしていたのです
自身の備忘録として列記しましたが、図書館から借りたりして読んだ、関連の本?を下記に記しました
①
死をどう生きたか ~私の心に残る人々~ 日野原重、1983/3/25、
中央公論
②
老いと死の受容 日野原重明、1987/3/20、春秋社
③ 生きていくあなたへ ~105歳どうしても遺したかった言葉~
日野原重明、2017/9/30、幻冬舎
④
死を生きた人びと ~訪問診療医と355人の患者~ 小堀鷗一郎、2018/5/01、
みすず書房
⑤
死を生きる ~訪問診療医がみた709人の生老病死~ 小堀鷗一郎、2024/4/30、
朝日新聞出版
①~②は、
知名度のある人の事例、④~⑤は一般普通の人びとの事例で、双方いずれも参考になった
他、折にふれ目にした参考本を、順不同ですが下に記します
⑥
パーキンソン病患者さんのための
ガイドライン~病気を理解しうまく付き合っていくために~ 、北川尚之、2021/12/1、天沼きたがわ内科
⑧ 平穏死のすすめ、口からたべられなくなったらどうしますか、石飛幸三、2013/2/15、
講談社
⑨「平穏死」10の条件、長尾和弘、2012/7/30、ブックマン社
⑩ 病院で死ぬのはもったいない、山崎章郎、二ノ坂保喜、2012/8/31,春秋社
⑪ 家に帰ろう、萬田緑平、2013/10/31、
徳間書店
⑫ 家で死のう ~眠るように穏やかに死ぬための本~ なぜ病院で死ぬことは苦しいのか?~、 萬田緑平、2022/7/1、三五館シンシャ
⑬ 家で死ぬということ ~ひとり暮らしの親を看取るまで~、 石川結貴、2023/8/30、
文藝春秋
⑭ 在宅で死ぬということ、 押川真喜子、2003/4/25,
文藝春秋
⑯ 最後まで家で笑って生きたいあなたへ、 小笠原文雄、2023/3/21、
小学館
⑰ なんとめでたいご臨終 、小笠原文雄、2017/6/26、
小学館
⑱ 大往生のコツ、ほどよくわがままに生きる~人生の最後半で笑顔で過ごすコツ~ 、 小笠原文雄、2024/3/12、、
アスコム
⑲ いのちの仕舞い 四万十のゲリラ医者走る、小笠原望、2011/1/31、
春陽堂
㉑ 介護現場はなぜ辛いのか~特養老人ホームの終わらない日常~ 、本岡類、2009/5/15,新潮社
㉒ 患者の前で医者が考えていること、松永正訓、2024/6/26、
三笠書房
㉓ 大往生したけりゃ 医療とかかわるな 自然死のすすめ 中村仁一、2012/1/30、
幻冬舎新書
㉔ 大往生したけりゃ 医療とかかわるな(介護編)2025年問題の解決をめざして、長生きはつらい、ならば、どうする? 中村仁一、2017/3/30、
幻冬舎
㉕ 穏やかな死に医療はいらない、萬田緑平、2013/2/28、
朝日新書
㉖ 透析を止めた日、 堀川恵子、2024/11/20、
講談社
㉗ 老いと健康、 吉川正巳、1990/9/20、
岩波書店
㉘ 人はどう老いるのか ~医者はホントは知っている 楽な老い方 苦しむ老い方、
久坂部羊、2023/10/20、
講談社現代新書
㉙ 老後ひとり難民、沢村香苗、2024/7/30、
幻冬舎
㉜ 百歳の力 一人でも人生を楽しむ秘訣、 篠田桃紅、2022/9/10、
中央公論新書
㉝ 103歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い、篠田桃紅、2015/4/10、
幻冬舎
㉞ これでおしまい 歳をとってはじめて得られる喜びがある、篠田桃紅、2022/9/10、
講談社
㉟ どっこい生きてる90歳、樋口恵子、2022/4/25、
婦人之友社
㉟ 吾れ老ゆ 故に吾れ在り 老いと性と人生と、
波多野完治、1903/3/30、光文社
㊲ 人生はごちそう、田村セツ子、2022/4/15、
あさ出版
㊳ くじけないで、柴田とよ、2010/3/25、飛鳥出版
㊴ ほどよく忘れて生きていく、 藤井茂子、2023/1/25、
サンマーク出版
㊵ うまいことやる習慣、 心に折り合いをつけて 中村恒子、 2018/6/26、すばる社
㊶ うまいこと老いる生き方、不安と折り合いをつけて、中村恒子、奥田弘美 2021/8/24、すばる社
↓
Ⅱ「『超超』」高齢社会時代の医療 最後まで自分らしく生きる」高林克日己
…
昨今2025年問題が話題になっていますが…、健康医療の推進の結果、長寿世界一を果たしたことが、皮肉にも国難ともいえる超超高齢社会の状況を作り出すとは誰が予測したでしょう?
…終末期の癌患者たちは病院で死ぬのと在宅で死ぬのとどちらが幸せなのでしょうか?私たちは長寿であることを幸せと考えてきましたが、長寿と呼ばれてきた高齢者たちが皆幸せな最期を迎えるわけではありません。それどころか10年前後、被介護者としての時間を経て亡くなる方が大勢なのです。
健康寿命をいかに伸ばすかこそ医療者が努力すべきことであり、終末期を迎えた高齢者を汲々として治療することに疑問を呈するのは当然のことだと思います。
最後まで自分らしく生きるために高齢者自身が事前指示書を書き、そしてそれが適切に生かされて無理・不要の救急措置を受けることのないように法令化を進める必要があります。
…超超高齢者社会時代、もちろん医療者だけで決めることではないこれらの終末期医療に対する意識の変革は、しかしながら我々医療者から声をあげ広めていかなければいけない、我々に課せられた重大な責務であると考えます。
Ⅲ 「『平穏死』を受け入れる」石飛幸三
…われわれは人生最後の迎え方について、今までになく考えなければならない時に来ています。日本は世界一の長寿社会になりました。延命治療法は次々と開発されます。自分の最後の迎え方を選べるはずなのに、どこまで延命処置を受けなければならないのか判らなくなっています。
…われわれは自然の摂理を直視しないで、医療に過剰な期待をしていないでしょうか。
…老衰という自然の摂理を認識し、医療は本来人のための科学であることに戻り、最終章における医療の役割、介護の使命を認識する時です。私が作った「平穏死」という言葉の意味は、単なる延命治療が意味をなさないのであれば、それをしなくても責任を問われるべきでないという主張なのです。
生きて死ぬ、自然の摂理、死の高齢化の大波はもうわれわれの足下をすくい始めています。
「自然」とはそもそも「自(おのずか)ら然り(しかり)、しっかり生きて、そして最後に自然に従ってこれでよかったと思いたいものです。
最後の写真は、はずれのエリアに咲いていたツルボです!
長い間、多くの方にお越しいただき、ありがとうございました
また、どこかでお会いしましょう!